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今後の生活を考えてみる

投稿日:2017年6月8日 更新日:

ピヨ彦が単身赴任になったのが2013年。あれから4年が経ち、心境の変化がいろいろありました。

その理由は、子供の成長が大きく関係しています。そしてその成長に合わせて私も生活環境が変化することを恐れないようにする努力も必要になってきました。

 

丸3年を過ぎて今

一般的に単身赴任の期間というのはどれくらいなものなのでしょうか? 多分それは会社によっても違うだろうし、単身赴任の理由でも大きく違ってくるでしょう。

ピヨ彦の単身赴任の理由から考えてみると、そう長くはひとつ所にいない転勤だと思います。逆に言えば、この先も長くはいない転勤がちょこちょことあるということ。

サラリーマンの宿命といえばそれまでで、それを承知で結婚しているのですから仕方ないと割り切るしかありません。

ただ、同じ会社の同職の単身赴任の期間を見ていると、大体3年くらいが多い気がします。とはいえこれもその時の状況次第、3年たったから移動するよ、という簡単な話でもありません。

ピヨ彦と言えば単身赴任になって4年、目安の3年は昨年過ぎました。

でもその頃はそれが特に不満ではなかったのです。それには理由があります。

 

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3人の時はまだ家の中に声がした

ピヨ彦が単身赴任になった4年前には、家にはアニーもトートもいました。単身赴任したばかりの頃は毎日泣いて暮らしていましたが、いつしか時間が寂しさを忘れさせてくれました。

そして重要だったのは時間の経過だけではなく、子供たち2人が家にいてくれたこと

家にいて何をしてくれるわけでもないし、ましてや慰めてくれるわけでもないのだけれど、私にとっては家にいてくれる、悲しみに暮れている私のそばで、2人が他愛のない話題をしていることだけでも救いだったのです。

家の中に3人いれば、誰かしら話す声が聞こえてきます。兄弟2人で話す声・笑いあう声、誰かが鼻歌を歌う声。声だけでなく、人がそこにいるということは必ず存在を示す音があります。

二階を歩けば床の音がするし、椅子を引けば音がするし。

そういうなんでもない音が、「私は1人じゃないんだ」という気持ちにさせてくれたことで、ピヨ彦が不在になったとてつもない寂しさを埋めてくれたのだと思います。

 

2人になると家は途端に静かになった

アニーが大学生活のため家を出たことはとても寂しかったのですが、私にはまだ安心材料がありました。

トートが家にいる、それだけで「とことん落ち込むのはまだ早い」と思えたのです。

当時中学に入学したばかりのトートでしたが、母親に対しても優しくなんでも話してくれるような子でした。そしてそれは心にぽっかりと穴が開いてしまっていた私には本当にありがたいことでした。

しかし事態は急転します。トートが突然思春期に入ったのです。

当然と言えば当然の成長過程なのですが、常に反抗的だったアニーと違い、従順で穏やかなトートは、もしかしたら反抗期なんてないまま大人になるのかも?と思わせてくれるような子でした。

でも予想は大きく裏切られ、このくらいの子供の順調な成長を見せ、自室にいることが多くなりました。

当然のことながら私との会話は減り、自分から話しかけてくれることも少なくなってきました。

いろいろな変化に戸惑いついていけなかったこの頃が、今思い出しても一番苦しい時期だったかもしれません。特にアニーがいなくなった直後だったので、その寂しさを埋めてもらえないことに時には怒りに変わったこともありました。

もちろん、自分の寂しさを子供に埋めてもらおうなんていう考えが間違っていたわけで、私は早急に自分自身の生活を見つめなおし、子育てに変わる趣味を持たなければ!と焦りました。

 

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趣味は見つかった、でもそれだけで一人暮らしを選択していいのか?

2年くらい趣味も見つからずトートも言うことを聞かず、苦しい日々が続きましたが、ヨガを始めたことでこの1年、大きく私の生活が変わりました。

子育てにとって代わるもの・・・とまではいきませんが、それでも楽しみができたことでトートが子離れしていった寂しさが徐々に薄れてきました。

今ではトートと自分の生活を切り離して考えられることができるし、何よりトートに無駄な期待をしてがっかりすることがなくなったのは精神衛生上良かったかなと思います。

私が選んだ趣味は偶然運動でしたが、これは今後の自分の健康管理においても良かったかなと思っています。

子供はいずれ独立し、それぞれの生活を持って行きます。そんな時、親の心配をさせないのが一番のプレゼントではないかと思うのです。

「お母さんは元気だから」と思って遠くで安心してもらえるのは子供のためにもいいこと。そのためには早くから定期的に体を動かし、健康を維持する努力をしていかなければなりません。

私の場合、それが趣味と重なったおかげで、このまま続けていけば楽しみながら健康を維持していけます。

ではずっとこのままでいいのでしょうか?
再来年にはトートが大学のために家を出ていきます。その時にまだピヨ彦が単身赴任から戻ってきていなかったら、いえ、新たな単身赴任先に行ったとしたら・・・私はどうしたらいいのでしょうか。

 

臨機応変に、そして変化を恐れない努力を

ほんの少し前までは、ヨガを始めたことで友達もでき、家を守りながらここで1人暮らしをしていこうと思っていました。

その大きな理由としては、私は環境の変化がとても苦手だから

知らない土地に住むなんて無理。というか嫌。きっと引きこもりになるでしょう。だから私は家に残りたい。

それにお互いが単身赴任生活に慣れ、週末を誰に束縛されるでもなくやりたいことをやりたいようにしてきたこの4年間。

特に山登りが好きなピヨ彦は、週末ごとに近く山を登り、時にはテントを担いで1人で一泊登山ををするほど。

単身赴任が終わりこちらに帰ってくれば、好きなように山登りをする生活はできなくなるし、散歩は好きだけれど山登りが好きではない私は、ピヨ彦の趣味に付き合うことはできません。

早く元通りの生活に戻りたい、でもこの4年がお互いの暮らし方を大きく変えてしまった。だからもう、このままでもいいのでは?

でもここにきてまた考え方が変わってきたのです。そうではない、と。私が変化を恐れずに赴任先について行けばいいと。

ずっと行きっぱなしと考えず、週末には家に戻ってきてもいいし、行ったり来たりの生活をしてもいいし。とにかく、「こうでなければ」と決めつけなくてもいいのでは?という気持ちに変化してきました。

先のことはわかりません。気持ちだって短い期間で大きく変化することもあります。

だから今の自分いできることは、変化を恐れないようにするということ。

まだもう少しリミットはあるから、それまでに心の準備をしておこうと。いろんな選択肢を考えておいて、その中から一つだけでなくてもいい、自分ができることを無理ない範囲でしていこう、と。

数年後に自分に少しだけ期待!

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